日々の生活の中で、いい加減にしろ!とか、それ違くねぇ!とか、
夫婦間・親子間でも苦行を続ける、40代原人(♂)です。
目的は心地良い時間を過ごしたいことなのに、うまくいかない時
そこには怒りや焦りがある。
時間通りに進まない、思うように動いてくれない、期待している精度と違うと、相手に怒りを感じ、早く登校・登園させなきゃ、時間通りに寝かせなきゃ、期待されている精度に応えられてないなど、周囲から期待されている状況とそぐわなくなる度に焦りを感じる。
でも考えてみたら、心地よい時間が目標なのだったら、その状況は状況として、怒りや焦りを感じる必要はないんじゃないか。もっと言えば、その状況のままで幸せであることができるんじゃないかと。
「ま、いいか」「てへ、やっちゃった」「へぇ、そうなんだ」
そろそろ、自分を許してあげようと思った。
裏返すと、相手を許すこと。
そう考えるきっかけは、小学1年生の娘にもらった。
外食で会計を終えて、よくある会計横のおもちゃを欲しがる息子(年中)がしつこいので怒ってしまう父、一層泣き出す弟。
あ〜あって顔で見ていた娘は、何でも買ってあげるってことが優しいことじゃないけど、強く言わなくてもいいんじゃない?と父に諭す。
強く言ったり、何度も言わなくても、こどもだって本当はわかってるんだと。
わかってるけど我慢できなくて爆発しちゃうことってあるんだよって。
息子にとっては買ってもらえないことは残念だし、我慢できない気持ちもしょうがない。
親として買わないのもまた、しょうがない。
でも、そこに感情の激しいぶつかり合いは不要なんだって気づいた。
いつの間にかそんなことまでわかるお姉さんになってて、すげえなって思った。
素直に感動したよって娘に伝えた。
元を辿ると、自分の小学生時代。
のほほんとしていて(自分の世界?)、忘れ物王・遅刻王の2冠王だった僕は、学校のプリントを机に溜めるだけ溜め込んで、いまは亡き母親によく激怒されていた。
母親は今思えば育児ノイローゼ気味で、幼い息子を何時間でも、何でできないんだ?と強い口調で詰問していた。
その間の僕はといったら、下を向いて床の模様や座っている椅子の生地の感触に意識を向けながら、嵐が過ぎ去るのをひたすら待っていて、その様子は更なる激昂を呼ぶこともしばしば。
たいがい家の外に出されてあんたはうちの子じゃないよと告げられ、泣いて許しを乞うという今から考えれば芝居がかった事を繰り返していた。
その反動もあり、中学生になって急に色気づいたのもあり、おれはおれの道を歩む!と一気に不良路線へと転向。親とも散々ぶつかり、家にしばらく帰らないこともしばしば。
ここでは絶対書けないことをいっぱいやらかした後、クラブとクラブ・ミュージックと出会って改心・バージョンアップして、いまここに至るわけだが、幼少期のその体験はいまだに引きずっている部分はあるんだと思う。
恐れと不安が、怒りと焦りを産む。
いまはもう笑って振り返ることができるけどさ。
本当の意味で、許すときがきたようだ。
娘の言葉がきっかけで。世代を超えた連鎖を断ち切るときが来た。
できない自分を許す。できない相手を許す。
ノイローゼだった母親を許す。できなかった自分を許す。
何やらかそうが、そのこと自体が深刻で不可逆な傷跡を残すわけではない。
怒りと焦りこそが、関係性に繰り返し繰り返し傷を刻み、望まぬ結果を呼び込む。
もう許すよ。
それによって失われるものは、ないはずだ。
自分の何かが変わってしまうわけではない。
もう、ゆるしまーす!!
ツイート