5年目となる今年は、べるがとの共催で有料の居住エリアと無料のパブリックエリアを行き来するグランドデザインで、天候にもぽっかりと恵まれ、過去にないほどの来場者が来てくれた。
何より今年は、村の雰囲気が素晴らしく良くて、それは村人一人ひとりが用意された楽しみを待つのではなく、自分から表現したり、商いしたり、ギフトする人が増えたからだと思う。
NUVの最大のコンテンツは、来る人自身、オトナとコドモ。そして自然。
巷のフェスにあるような豪華なヘッドライナーが並ぶわけでもなく(クオリティとセンスはむしろ上だと自負している)、巨大なステージが建つわけでもない。ディズニーランドのようなホスピタリティというわけでもない。
スタッフ、出演者、来場者。オトナとコドモの垣根もなく、村人みんなでつくる村。
そこには、ポトラッチの精神が根底に流れている。
ポトラッチを超〜平たくいえば贈りもの。見返りなしに場や相手に与えること。
参加者全員無料のポトラッチBBQ、大事なモノを贈り合う、お金で買えないポトラッチマーケットに象徴されるが、実は村のあちこちに溢れている。
5年目にしてようやく、コンセプトを表現できるようになってきたし、村人の共通理解も深まり、今年は本当に素晴らしかった!!
この場を借りて、参加頂いた方、協力頂いた方に深く感謝を申し上げます。
オトナとコドモも垣根なく |
ここからはごく個人的な振り返りだ。
NUVの主催メンバーが6月頃に急に抜けることになり、ほぼ1人になってしまったのだ(!!)
抜けた理由はそれぞれあるんだけど、一番はNUVに関わることの負担、他の仕事や生業に及ぶ影響が大き過ぎることだろう。主催メンバーの効率の悪さもあるだろうが、やることが多岐に渡り、費やす時間も膨大だ。
はっきり言って、ボランティアの域すら超えている。笑
もはや持ち出しの社会奉仕活動ともいえるが。。
ポカーン。それまで5ヶ月に渡って進めてきた話は一体何だったんだろう。。
そしてほぼ1人になった僕は、NUVをやりきれるんだろうか??
とはいえその時点で開催告知もしていたし、何人かの主要スタッフはスケジュールを抑えていた。何より、自分のこどもも含め大勢の人がNUVを心待ちにしてくれている状況を知っていた。
僕の中でやらないという選択肢はなく、たとえ1人でも今回はやり抜くんだと不思議な勇気が湧いてきた。
感傷に浸る間もなく、開催3ヶ月前から実質の制作を急ピッチで進める。
自分の中で、今年は死ぬなと。プライベートも何もすべて捧げてやりきるという覚悟を決めたら、不思議と新たな仲間が集まってきてくれ、支えてくれた。
柔軟で新たな発想や、感覚と情熱を持って。
そして自分の直観で、慣れないスタッフも多いから大変だけど、これはいい流れになると確信があった。
NUVの神様はそのやりきる気持ちを見てくださったんだと思う。
音楽影絵劇 ジョン犬に群がるコドモたち |
NUVにかけられる時間やイベントとの向き合い方も異なる中で、合議制らしき体制を取っていたので、誰かが責任持って物事を決めるというより、いいアイデアや流れがあっても、レスがない、決められないのループを繰り返し、結果流れる、忘れる。。
僕の中でそのことに対するストレスはMAXに達していた。
だから、1人になるというのは、むしろどこか望んでいたのかもしれない。
自分が決めればその瞬間進められる。久々に感じるその重力のなさに歓びを覚えていた。
そのことは裏腹に、自分が落とせば誰にも拾われずにそのまま本番を迎えるということだ。
超〜緊張感で重圧。
手がけてきた渚や奄美などとは全然違う、2001年のFORESTED OVA以来の完全に自分自身の責任監修における、野外パーティ主催!!
実質的な運営や制作ってこと以上に、自分自身のセンスと世界観がなんぼのもんか、それを言い訳の一切ない状態で世に問うのだ。
25年間パーティオーガナイザーを続けてきた、僕自身の存在価値をかけて。
これがかっこわるかったり、つまらなかったら、僕自身にセンスがないってことだ。
もはや引退した方がいい。
すなわち自分という存在は価値を失い、こどもに誇れるもの、生きている意味もなくなる。
すべての感覚や世界の認識はパーティとダンスフロアに立脚している、それくらいアンバランスな男ということだ。
最終日昼のMarter with コスガツヨシ |
自分の好きな人、好きなアーティスト、好きなお店。
古くは小学校の同級生から、存在を最近知ってまだ出会ってない人まで。
アンテナに引っ掛かる人は、付き合いの深さ関係なしにどんどん誘った。
結果参加することになった人たちは、相手も何らか僕のことを好きだったり気になっていたり過去の活動を知ってくれている人ばかりだったように思う。
そういう意味で、僕のオーガナイザー人生の集大成とも言える内容になった。
すべてはNUVのために。夏を捧げて頑張った。
Facebookに投稿される友人たちの楽しげな家族旅行やキャンプの写真を横目に、朝起きた瞬間から明け方に力尽きて寝るまで。平均睡眠時間4時間くらいで1日20時間はNUVのことを考えていた。
こどもたちもどこかにつれてくこともできず申し訳なかったとも思ったが、案外こどもは近所で遊ぶので満足そうだった。
正直にいうが精神エネルギーが尽きて何も手につけられない1日もあった。
そういう時は積極的に休めるわけでもなく、廃人のようにネットニュースやWikipedia、パーティと関係のない世界を見ていた。
でもFORESTED OVAの20代の頃と違うのは、そういう自分も許せたこと。
だって精一杯やって尽きてしまったんだ。人からも自分自身からも責めを追ういわれはないはずだ。
許せたら不思議と次の日には動けた。
ヒカリアソビ |
アイデアも思いつく。
普通に考えたら手を広げない方がいい状況だけど、直観に突き動かされるように、べるがとの共催、教育委員会の後援、無料のパブリックエリア、ポトラッチマーケットなどを盛り込んでいった。
そして自分が現場の細部まで関わっていくと全体が回らなくなることを見越したのか、各部署に、能力と情熱のあるメンバーが収まってくれて、1人だけど1人じゃない、心強い状況に近づいてきた。
夏休みも終わり9月に入った頃には、今回は最高のものになるという確信と、過去のイベントでは味わったことのない感覚を覚えていた。
涙がじんわりでるような、胸が熱くなるような、多幸感。
目を瞑って、身も心も投げ出せるような、穏やかで安心できる気持ち。
みんなよくなろう、よく生きようと思っている、世界や生命に対する信頼感。
メンバーはそれぞれの技能を活かしてよくやってくれていた。本当にありがたいし、立ち向かう勇気をもらった。
甲斐駒ケ岳神社 |
NUVの神様(勝手に神社の裏山にあたる甲斐駒ケ岳だと思っている)にここまで辿り着いた御礼と祈願。
ここまでやりきったから、後は自分もスタッフも楽しめるように過ごそうと決めた。
パーティ本番のことは冒頭に触れたし、自分でことさらに語るのも野暮ってもんだ。
それぞれに感じたことを、話したり書いたりしてくれたらいい。
(FacebookやInstagramで #nuvillage でいろいろ見れると思います)
一つ明かすと、2日目午後にJUZU a.k.a. MOOCHYがかけてくれた"Ain't no stoppin' us now"と、夕方にDJ KENSEIがかけてくれた"越中おわら節 feat, HIDENKA"の"去年より強くなった"は涙が止まらなかった。
やはりOVAのレジデントだった2人は、僕にとって特別なDJだ。
各部署に任せられたので、いろいろな人とコミュニケーションを取れたし、滝に打たれたり、テントサウナに籠もったりする余裕もあった。
ほんとそこは感謝!
息子と |
今回は良かった。現時点での最高だった。
自分のやっているNUVについて、自信を持って言えるのは初めてだ。
自信を持ってオススメする。
自分が手がけたものに、最高だと自信を持って言える喜び。
ただ、自分のつくったものとも思っていない。
たしかに尋常じゃない熱量と作業量は投下した。
言い出しっぺだから、いろいろな人を巻き込んだり、きっかけをつくったりした。
そこから先は、村人たちが広げてくれた。
スタッフや出演者、来場者たち。
想像を超えて、さらにその先へと人が人を誘い、波紋は広がる。
キム・チョンへ R.I.P. |
運営の超プロでもないし、設営やステージ周りの技術も中途半端。
料理も家庭料理の範疇を超えないし、キャンプのエキスパートでもない。
お披露目できる特技があるわけでもない。
でも僕の周りにはすごい人たちがいる。
最高にセンスがよくて、最高に気持のいいやつらが。
僕は幸せだ。
そんな人たちが参加や協力してくれるんだから。
終わってすぐに、また次のことを考えている。
こんなことは初めてだ。
早くみんなに会いたい。みんなと話したい。話を聞きたい。
早く今年の後処理を済ませて、来年のことを進めたい。
また次は、大胆にがらっとやり方を変えるつもりだ。
コンテンツの所ではなく、もっと根本のところを。
僕の当面の目標は、
垣根なく村人みんなでつくる村が幸せであること。
関わる人が生活や家族を犠牲にしないで実現できること。
村の中が幸せになるなら、空間や時間を広げて日常でも幸せになれるはずだ。
すなわち世界平和で人生平和。
これは17歳でオーガナイザーを始めた頃から変わらない目標だ。
そのためにまだまだやれることはあるはずで、取り掛かるのが楽しみだ。
実現にはもっといろいろな技能と情熱を持った人が必要だ。
我こそはという人は手をあげて欲しいし、その出会いを楽しみにしている。
実現にはもっといろいろな技能と情熱を持った人が必要だ。
我こそはという人は手をあげて欲しいし、その出会いを楽しみにしている。
また会いましょう |
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Label: オーガナイズ, パーティ